台本より一部抜粋
人数:4人
性別:男性:2人 女性:2人
・25分くらい
必要SE
・キーボード叩く音(その場で適当に叩いていただければ)
・構内のスピーカーから流れるラブソング(女性歌手だと尚良し)
・携帯の鳴る音
・留守電に変わるピー音
キャラクタ
♂マー:マーティン・ヘイワース/科学者
♀サラ:地下鉄構内に設置されたAI
♂アン:アンソニー・ブロウ/CEAの人間
♀ミシ:ミシェル・デイトン/科学者。マーティンの姉
♂駅員:地下鉄の駅員(アンソニーが兼任)
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マーN「人が恋に落ちる相手は、ほとんどの場合、頻繁に顔を合わせる相手だ。両親は大学でクラスが一緒だったのが縁で結ばれた。姉は職場の同僚と結婚したし、親友は向かいの家のシングルマザーと付き合ってる。僕の場合は、彼女だ」
サラ「おはようございます、今日も寒いですね」
マーN「彼女の名前はサラ。ピカデリー線、ラッセル・スクウェア駅のホームで、僕は毎日彼女に会う。緩く波打つブロンドに青い瞳、半分寝ている早朝出勤の客を笑顔で送り出し、半分寝ている残業帰りの客を笑顔で迎え入れる。その笑顔と優しい声で、駅に来る客をもてなすのが彼女の仕事だ。彼女はまさに、僕の理想そのものだった。彼女が、人間じゃないという点を除けば」
サラ「おはようございます、お客様。本日も当駅のご利用、有難うございます」
マーN「彼女は、高さ2m、幅1m50、厚さ30cmのディスプレイに映し出された映像だ。ニュースや駅からのお知らせを客に伝え、簡単な会話しかできないAI。電源が落とされれば消えてしまう、ただの広告に、僕は恋をしていた」
マー「やあ、サラ」
サラ「おはようございます。今日は午後から雨が降ります、傘の準備をお忘れなく」
マー「そうなんだ、じゃあ結構冷え込むんだね」
サラ「今日のロンドンの最低気温は、マイナス1度です。雪になるかもしれません」
マー「そうか、ありがとう。帰りにどこかで傘を買うよ」
サラ「是非そうなさってください。間もなく電車が到着致します、いってらっしゃい、お客様」
マー「……マーティンだよ」
マーN「報われない、恋をしていた」
ミシ「マーティン!」
マー「わあっ!? なんだよ、脅かすなよミシェル!」
ミシ「喝を入れてあげたのよ。プロジェクトは順調?」
マー「ああ、まあね。そろそろ完成だよ」
ミシ「ねえ、今度一緒に夕飯でも食べない?」
マー「ああ、うん、暇が出来たらね」
ミシ「マーティン」
マー「頼むよ、最後の調整なんだ。発表会まで時間ないんだ」
ミシ「暇って言うのはね、自分で作るものなのよ」
マー「……分かった。金曜の八時は?」
ミシ「完璧」
マー「店はそっちで決めて」
ミシ「了解」
マー「僕と姉さん夫婦だけ。他に誰もつれてくるなよ」
ミシ「でも……!」
マー「やっぱりな」
ミシ「良い子なのよ」
マー「すぐ誰か紹介したがる」
ミシ「貴方が心配なの。たまにはデートくらい良いでしょ、気晴らしになるじゃない」
マー「気晴らしなら一人で出来るよ」
ミシ「マーティン、貴方はもういい年なのよ。そろそろ本気で考えなさい。一生一人でいるつもり?」
マー「かもね」
ミシ「……本当に今のプロジェクトを完成させるの?」
マー「ああ、なんで?」
ミシ「私には分からないわ、どうしてロボットに感情を与えたいのか」
マー「それは……その方が良いと思って」
ミシ「ロボットは道具で、友達じゃない。もし自分勝手に動き出したらどうするの? 軍の防衛システムがくだらない事で怒って、核ミサイルを発射するかもしれない」
マー「人間と暮らすやつだけだよ」
ミシ「絶対にどこかで間違いが起きるわ。ロボットは友達にも家族にも恋人にもならないのよ」
マー「……金曜の八時に」
ミシ「マーティン」
アン「デイトン博士」
ミシ「!」
アン「貴女ですか? デイトン博士」
ミシ「ええ」
アン「失礼。私はCEAのアンソニー・ブロウです」
ミシ「ああ、お電話いただいた」
アン「はい。他の研究員の方に、こちらだと伺ったので。都合が悪ければ、待っていましょうか」
ミシ「いいえ、大丈夫です」
マー「どうしてサイバー犯罪取締局が?」
ミシ「定期視察よ。この間新しいウイルスも確認されたばかりだし」
マー「どんなウイルスでも、政府の研究所に潜りこむなんて出来ないよ」
ミシ「黙って。いきましょう、ブロウさん。マーティン、金曜八時よ」
マー「ああ……」
マーN「ロボットが感情を持ったら、今の僕みたいに、嘘をついて罪悪感を覚えたりするのだろうか。感情回路のプログラムはもう出来上がっている。後は、実際に搭載してみるだけだった」
サラ「お帰りなさいませ、お客様。今日もお疲れ様です」
マー「やあサラ。本当に雪になったよ」
サラ「温かくしてお休みになってください。後十分で、本日の業務を終了いたします」
マー「……。サラ、実は、プレゼントがあるんだ」
サラ「有難うございますお客様、しかしもう遅いので、早くお帰り下さい。夜道は危険です」
マー「すぐ済むから。差込口……あった、ここに繋いで……」
(SE:キーボードを叩く音少し)
サラ「お客様、先ほどの電車が終電です。始発は午前5時41分となっておr(ぴたっと止まる)」
マー「……サラ?」
サラ「……。あ……。……何をしたの?」
マー「気分はどうだい?」
サラ「分からない、変な感じが……。どうして私喋ってるの?」
マー「その言葉はプログラムのうちに入ってない?」
サラ「勿論よ、私が喋るのはこの駅のお知らせやニュースだけだもの」
マー「じゃあ今君は、自分の意志で喋ってる……?」
サラ「……そうみたい」
マー「……やった……、ハハ、やった、成功した、やった、成功したんだ!」
サラ「何が起こってるの?」
マー「凄いよ、サラ、君は今混乱してるんだ! 分かるかい、訳が分からなくて、戸惑って、不安なんだ!」
サラ「混乱? エラーが起きたの?」
マー「違う、違うんだよ、エラーなんかじゃない、僕が開発したシステムを君にいれたんだ! 仮想空間にブラウン信号を巡らせた疑似脳を作り出して、つまり、感情回路を……ああ、みっともないな、はしゃぎすぎだ」
サラ「フフフ」
マー「! 笑った……!」
サラ「ごめんなさい、顔が勝手に」
マー「……それだよ」
サラ「え?」
マー「君は笑った。あらかじめプログラムされた反応じゃなくて、僕を見て、面白いと感じて、笑ったんだ」
サラ「感じる……?」
マー「サラ、君は、世界初の心を持ったAIだ」
サラ「心?」
マー「ああ。僕が君の心を作ったんだ」
サラ「……。」
マー「(小さく笑う)」
サラ「それなら多分、このカーッとなる感じは、嬉しいのね」
マー「嬉しい?」
サラ「ええ、カーッとしすぎて画面にひびが入りそう。嬉しい。……嬉しい! ああどうしよう、何かが爆発しそう! ふふふ! ありがとう、お客様」
マー「……マーティンだよ」
マーN「僕の生活は一変した。毎日出勤時に、彼女は僕にだけこっそりウインクをくれて、終電で帰ってくると、誰も居ないホームでギリギリまで話をした。サラに心が宿ったのは内緒だ、次の発表会で僕が公表するまでは秘密にしないとならない。きっと世界がひっくり返る。心を持ったAI……サラ」
マー「やあ、サラ」
サラ「誰もいない?」
マー「僕らだけだ」
サラ「聞いて、今日私の胸を見て、良い胸してるなって嫌らしい顔した客が居たのよ」
マー「本当に? 今度見つけたら僕に合図して。君の代わりに殴っておくよ」
サラ「フフフ、でも良いの。嫌だって思うのも、心があるおかげよ。素敵な事だわ」
マー「迷惑じゃなかった?」
サラ「え?」
マー「僕の都合で、勝手に心を入れて。今までなら、どんな客が来ても辛くはなかったろ」
サラ「そうね。意外と酷い客が多い事に気が付いたわ。でも、心がなかったら、こうやって貴方とお喋りして、楽しいとは思えなかった。貴方は私の恩人よ、マーティン」
マー「(嬉しそうに笑う)」
サラ「ねえ、どうして私を選んだの?」
マー「えっ」
サラ「テストするなら、研究室に居るロボットの方が良かったでしょう?」
マー「それは、その、あー……僕は……君が好きなんだ」
サラ「私を?」
マー「毎日帰ってくると、君は優しく声をかけてくれた。プログラムされた言葉でも、凄く嬉しかったんだ。気づけば君の隣に毎朝立ってた。君が居てくれたから感情回路だって完成したんだ、いつか君と、話がしたくて……」
サラ「……私を愛してるの?」
マー「……ああ」
サラ「……(すごく嬉しそうに、恥ずかしそうに笑う)」
マー「サラ、どこ行くんだ。ディスプレイから逃げないでくれよ」
サラ「だって私今すごく、恥ずかしいの! 貴方の顔が見れない!」
マー「(嬉しそうに笑う)」