top of page


立場を逆に!

 

 

 

 

 


 自分の価値を勘違いしすぎてない?

 

 

 

 


 たとえどんなに優しい両親でも、その両親が良い両親なら子供が悪い事をしたらしっかりと叱るもの。世界中どこだってそれは例外ではなく、勿論このノースリバーだって同じで。

「こら、アニタ! 宿題が終わるまで遊んじゃ駄目だと、ママが言っただろう!」
「こら、ブルース! 宿題が終わるまで遊んじゃ駄目って言ったでしょ!」

 庭で遊んでいた二人に、こんな声が届くのもそう珍しくなかったり。アニタとブルースは、各々自分の親に不服気な視線を送ってからスコップを放りだした。

「これからアニタの家で宿題するんだ!」
「これから家でブルースと宿題するわ」
「その前に俺を掘り返してくれ!」

 土の下から聞こえる声を無視して、二人はとっとと家の中に入り込んだのだった。

 それにしても、大人と子供の意見は絶えずぶつかり合っているもの。この頃の子供は自我ができ初めて、ちょうど反抗的にもなるし、まして宿題が好きな子供なんているはずもない。

 あんなに可愛かった我が子! 今では「ババア」だの「馬鹿」だのと暴言も覚え始めて、親もてんてこまいだ。

 しかしながら、アニタは年のわりに頭が冴えているし、ブルースも素直な性格なのでそれ程両親の手を煩わせたりはしなかった。本人達は、とても不服ではあるのだけれど。

「あれ? 13-4てどうやって計算すれば良いの? 僕、指が10本しかないのに!」
「足の指も足せば良いじゃない。馬鹿ね」
「ああそっか! でも20以上の計算はどうするの?」
「隣の子の指を借りるのよ」

 かく言うアニタは学校で習った計算式でしっかりと問題を計算している。二人が算数の宿題に苦しんでいると、ひょっこりアニタの母親がキッチンから顔を出してきた。

「アニタ、サンデーの水がまた無くなってるわよ。貴女の仕事でしょう!」
「……ごめんなさい、ママ」

 アニタが謝り母親がキッチンに戻ると、今度は電話がなった。ぱっとそれをとり、三秒ほど会話をしたアニタは無言でブルースに受話器を押し付ける。

 不思議そうにブルースが受話器を受け取ると、次の瞬間受話器が震えて飛び上がるほどの怒鳴り声が聞こえてきた。

「ブルウウウス! お前、また部屋にムカデの死体を集めてたな、ママが卒倒しちまったぞ! 今度やったら外出禁止だと言っただろ!」
「うん、パパ。今度っていつの今度?」
「今だ!」

 ガチャンと盛大な音で電話が切れると、ブルースは不服気な顔でアニタに電話をつき返した。最早子供達に勉強をする気など全くなく、隙あらば反撃をしてやろうと目をぎらつかせているほどである。

「どうして大人ってこんなに口うるさいのかしら。決まりごとばかりして、自分たちは守らないじゃないの。戦争だって国の治安が悪いのだって、全部大人たちのせいなのに」
「あれやりなさい、これやりなさいって命令ばっかりしてさ。子供の身にもなってみろってんだ」
「何様のつもりよ。良い大人になるために今躾けてるとか言うけれど、自分たちが手本になれないんだから無駄に決まってるじゃないの。ああ、嫌だ。大人なんか滅びれば良いのに」
「……ねえ、アニタ。そのお願い叶うかもよ?」

 ブルースがニヤリと悪戯な笑みを浮かべたのでアニタが顔をしかめると、丁度土だらけのグレゴリーが二人の目の前に立ちはだかった。

 鼻の穴からミミズをくねらせ、目を怒りに燃やしている様はあまり怖くは無いのだが、どうやら相当頭に来ているようである。

 けれど二人は怒りに震えるグレゴリーの手に握られた物に意識を集中させていた。魔法が使える、死神の大鎌だ。

 

「悪ガキどもめ! 近所の野良犬に掘り返されなかったらどうなっていた事か! お仕置きしてやる!」
「グレゴリー、あれなーんだ!」

 

 ブルースが指差す方向にひょいと気をとられたグレゴリーは、そのままアニタの飛び蹴りをお腹に食らい、見事に鎌を吹っ飛ばしてしまった。

 

 すかさずブルースがそれを拾い上げ、勝利の笑い声をあげながら猛烈にダッシュする。呻くグレゴリーにもう一発お見舞いしてから、アニタもブルースを追って自分の部屋に駆け上っていった。

 

 しっかり鍵をかけ密室を作り上げると、二人は部屋の中央に立って鎌を弄りながら相談を始めた。何分、大人を滅ぼすなんて作業初めてのことだ。例え外でグレゴリーが扉を叩いて喚いていようが、こちらの計画に集中しなければならない。

 

「そうは言ったものの、大人が居なくなると世界の人口が四分の三減るのよね。さあて、国を上手く動かすにはどうしたら良いか」
「こら、お前ら! 鎌を返せ!」
「じゃあ、大人をチョコレートパフェに変えちゃうのは? 美味しいよ」
「いい加減にしないか! 魔法の鎌なんだぞ!」
「大人を変えるのは良い案だわね。……よし、そうだ。こうするのよ。大人と子供の立場を逆に!」
「よせー!」

 グレゴリーの叫び声と、鎌が光ったのは同時だった。世界が眩い光に包まれ、次の瞬間元通りの日常が始まる。大人と子供の立場が逆になったこと以外は。

 アニタとブルースは自分たちに何か変化があるか確認しあい、特に体に変化がないのを確かめると扉を開けてみる。グレゴリーが怒りの形相で二人を見下ろしていた。

「早く鎌を返せ!」

 これで立場が変わっただって? 二人は目配せをして魔法が失敗したんじゃないかと顔をしかめる。けれども物は試しと言う事で、アニタが口火を切ってみた。

「子供はこんな危ない物持っちゃだめよ。私が没収するわ」
「で、でも、そんな……」
「没収と言ったら、没収なの! 大人の言う事が聞けないの?」
「……分かったよう……」

 グレゴリーはそう呟くと、不服気に自分の屋根裏部屋に引っ込んでしまった。後に残されたのはぽかんとした二人。お互い目を見やり、それから鎌に視線をやった。

 一方、この異変は家の外でも起こっていた。世界中の子供達が一念発起して大人達を支配し始めていたのだ。何時ものように大人が働いていてもその上司は子供だったり、学校で席に座る大人を前に子供が授業している様が、やっぱり子供がキャスターのニュース番組で流れたりしている。

 二人が一階のリビングでテレビをつけその映像を見た時、ようやく世界中の大人と子供の立場が入れ替わったのだと実感する事が出来た。

 こうなれば後は思い通りである。早速お互いの両親を呼びつけて宿題をさせ、自分たちは町へと繰り出した。町中似たような状況で、子供達がやりたい放題やっているのが見て取れる。

 ガシャーンと盛大な音がして、二人の後ろで車が事故を起こした。乗っていたのは、まだ十二歳にもならない子供だったのだから当たり前だ。立場は逆になっても、運転が急にできるようになる訳ではない。

「……いくら立場が変わっても、オツムの中は変わらないわけね。呆れた、これじゃあ世界が混沌としてしまうじゃないの」
「あっ、見てよアニタ! いけないんだ、あの子お菓子を盗んでる!」

 ブルースに言われて其方を見てみれば、今まさにポケットにお菓子をしこたま詰め込んだ子供が意気揚々とコンビニから出てきたところだった。

 勿論大人の店員が飛び出しその子供を捕まえようとしたのだが、子供は突然火のついたように怒鳴りだした。

「俺に逆らうなよ、俺は大人なんだぞ!」
「大人だろうが子供だろうが物を盗んで良い訳はないだろう!」
「うるせぇ、ガキは黙ってろ!」

 子供に思い切り殴られ、店員はひいひい泣きながら店内に駆け戻って行った。あまりにも呆れた、酷い現場を目撃し、二人はため息すらもつけないほどショックだった。

「まあ、大人の権力振りかざして他人を痛めつけるって所は前と変わってないわね。しかも元が子供で馬鹿だった分質が悪いわ。あんなのがああやって最低な大人になる訳ね。ああ嫌だ、また死にたくなってきた」

 アニタは嫌悪感に顔を歪めて吐き出すと、ブルースをつれてさっさと歩き出した。

 さて、ここはご存知ホワイトハウス。アメリカの大統領のお家。だけれどアニタとブルースのお陰で、大統領は今宿題の真っ最中。つまり、大統領の役目はそっくりその息子にいっているからさあ大変。

「大統領! 暗殺者が送られてきました!」
「死刑にしてしまえ!」
「大統領! 木星から宇宙人が!」
「迎え撃て!」
「大統領! 北朝鮮が核ミサイルを!」
「その国の大統領を連れて来い、僕が撃ち殺す!」
「大統領! 日本の首相がまたヤスクニジンジャに参拝を!」
「それは悪い事なのか?」
「あー……そうですね、ある国にとっては。我々には関係ありませんが」
「ええい、面倒だ! そいつも撃ち殺す!」

 こんな調子で政治なんかされたのだからたまったものじゃあない。こき使われる大人もひいひい喘ぎながら方々に駆けずり回っている。

 アニタとブルースがついたときには、SPの一人とテレビゲームで遊んでいる真っ最中だった。周りの書類は違うSPにまかせっきりである。

「ちょっと。アンタアメリカの大統領でしょ、何遊んでんのよ」
「何だよ、僕は大人で大統領なんだぞ! ケチつけるなよ!」
「ならそれらしくしたらどう? 国がめちゃくちゃよ」
「しらない、僕はゲームで忙しいんだ!」

 ぴしゃりと跳ね返されるとアニタはしばらく黙り込んだが、やがて思い切り右の拳を振り上げた。ブルースがさっと目を覆うと同時に恐ろしい叫び声と破裂音がして、すぐにしんと静まり返る。恐る恐る目を開けたブルースの瞳に飛び込んできたのは、粉々に砕けたゲーム機とテレビ、恐れおののくSPのみだった。

 パンパンと手を払いアニタは悠々と大統領の座る革張りの大きな椅子に腰掛けた。それからじろりと一睨みしてSP達を怖がらせると、机の上で両手を組んできっぱり告げた。

「さて、新しいルールを作るわ。ハムラビ法典の復活よ。今日から私が大統領……いえ、唯一の王になる」

 アニタ指揮の下、凶行ともいえる強行手段でアメリカから発信した世界征服計画はアニタの才能のお陰で五時には全て完了してしまった。

 目には目を、の言葉どおり刑務所に入っている囚人は同等の罰を受けた為刑務所がガラガラになって、刑務所不足問題は解消された。最も、刑務所に入る必要がある人物も減った訳だが。

 宣言どおり世界中の王となったアニタの隣で、ブルースがつまらなそうに夕焼けを眺めていたのに気づきアニタはもう五時を過ぎているのに気がついた。良い子は帰る時間である。

「帰る時間だわ。ブルース、行くわよ」
「え、大統領、いや、王様、いや、女王様……とにかく、貴女が居ない事には!」
「でも夕飯の時間なのよ。明日また来るから、アンタ達も帰って夕飯を食べなさい」

 アニタにそう言われては逆らう訳にも行かず、ぞろぞろと帰るより他は無い。当のアニタたちも、帰り道を歩きながら少々上機嫌だった。

「何だか難しくて、僕よくわからなかったよ」
「わからないならわかる必要はないわ。明日は宿題制度を廃止させようかしら」
「宿題といえば、パパとママ終わらせてくれたかなあ。宿題がないなんて最高!」
「ええ、よっぽどの悪夢でもない限りこのままが良いわ」

 夕日を背にしてノースリバーへと向かう。アニタの法令により町中はすっかり整備されて綺麗なものだった。事故もなければ犯罪もなく、皆至極平和に過ごしている。

 アニタは自分が作り上げた世界を、顔には出さなかったが満足げに眺めていた。この世界は自分が望んだ世界で、この状況がずっと続けば良いと思った。だって今、微塵も死にたいとは思っていないのだから。

 穏やかな空気に包まれてアニタの家の前までつくと、そっと扉を開ける。こんな時間だ、暖かい夕食が用意されているだろう。きっと今にもおいしそうな匂いが漂うはずだ。

 だけれど良い匂いはおろか、料理を作る音さえ聞こえない。訝しがってリビングに向かうと、アニタの両親がソファにぐったり腰掛けていた。

「ああ、待ってたのよアニタ! もうお腹ペコペコ」
「早く何か作ってくれー」
「なんで私に言うのよ」
「だってお前は大人だろう、子供にご飯を作るのは当たり前さ」
「……。」

 言われて見れば当たり前の事実に、二人は愕然として立ち尽くした。立場を逆にしたのだから、その責任や仕事はそっくり自分たちに来るのは最もなのだ。

 二人はお互いに見合い、それからブルースが握っている鎌を見上げた。それからもう一度見つめあい、何を言うでもなく頷きあうと、ブルースは鎌を振り上げて叫んだ。

「元に戻れ!」

 家が、街が、世界中が、眩い光に包まれる。それが終わると、特に何も変わらない風景が映ったのだが、母親が不思議そうに小首を傾げてキッチンに向かい、父親も不思議そうにテレビをつけた。

 テレビではきちんとした大人のキャスターがニュースを読み上げ、周りの家からもようやくといった感じで夕飯を作る音が聞こえてくる。元通りになったのだ。

「こら、お前達! 鎌を返せとなんべん言ったら……!」

 二階から降りてきたグレゴリーに鎌をひったくられても何も言わない。少しつまらなそうに息を吐き出し、アニタは腕を組んだ。

 

 

「これでよく判ったわ。子供も大人も同じ人間。どっちもどっちで、サイテーよ」
 

bottom of page