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どこかのアリスの日記​

 

 

21

ぬいぐるみがまた綿を出している。 
私はイライラしながら、もうそれを抜き出してしまおうか迷う。 
だって綿が無くなれば、あいつは惨めなペラペラの布切れだもの。 
イライラしながらぬいぐるみを蹴ると、綿が少しもれた。 
それすらもイライラする。面倒が増えるじゃない。 
私は思いっきりコインをぶちまけて、ぬいぐるみに拾うように命令した。 
ぬいぐるみは転がったままだけど、猿が泣きながらコインを拾った。 
猿の眼鏡が涙でいっぱいになると、一気に床に落ちてまた溜まる。 
どんどんコインは錆びていくし、ぬいぐるみはびしょびしょで私はイライラした。 
地団太を踏んで金切り声をあげても、床が濡れているのでバシャバシャ言う。 
思いっきり踏んだらぐにゃりとして、そのまま穴が開いた。 
良い気味だわと私が叫ぶと、猿は鼓膜が破れるほど大きな声で泣き喚いた。 
どこかで見た光景だ。 
だけど私は鼻がつまっていたのでチョコレートを見つけられなかった。 
なんで鼻がつまっているかと言うと、私の鼻の中には今ペンギンがいるのだ。 
時々鳴いて私をびっくりさせるから早く出て行ってほしい。 
ゴミ箱にメレンゲの山が築かれていく。 
私はそれをせっせと行いながら、また泣きそうになるのを我慢していた。 
頭をぶんぶん振ると髪の毛の匂いがする。 
チョコチップアイスクリームかと思ったら花の匂いだった。 
蚊の猛襲にはほとほと嫌気がさす。 
私が喚いている間に、猿は私のコインを持ってどこかへ行ってしまった。 
泥棒だわ。次に見つけたら酷い眼にあわせてやるんだから。 
かもめに突付かせて、斧で木に貼り付けて、内臓を引きずり出して、自分に食わせてやるんだから。 
私は足の指先が温かいことに気づくと、目の前のチョコレートを一つ食べて飲み物を探しにいった。 
もう嫌だと大声で喚きながら壁を叩くうちに、家は壊れてしまった。 
私は死なないで抜け出し、また違う家を探しに行く。 
イライラしてどうしようもないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


22

悪魔は都合良く居るので、三角吸いが欲しいと言った。
なのに悪魔はくれなくて、私をめちゃくちゃにイライラさせる。
私はトサカにきて悪魔を打ちのめした。棍棒と拳と靴底と熱いポット、或いは言葉でもって。
全てが終わると私は疲れ果ててねむくなった。
悪夢の匂いがする。
その匂いに唾を吐いたら、あの馬鹿は泣いて逃げ出した!
太った尻を揺らしながら、そっちは底無し沼だよ大馬鹿!
もう馬鹿は死んだけれど、馬鹿の馬鹿笑いが耳から離れない。
早いところ赤い花の群れに紛れてしまおう。
確か名前はケシだったはず。
彼は相変わらず頭を振ってやれやれと言っている。
好きにしなさいよ、私は新しい靴の事で頭をいっぱいにするから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

23

靴は思いのほか可愛かった。 
だって靴は女の子で出来ていて、花を抱えてる。 
私は途方にくれてしまっているけれど、これは私の女の子。 
可愛いままで居させてあげたいけど、私はどうせ女の子を汚すわ。 
だって私はそう言うことが大好きで、汚すのが得意だから。 
そうでなければお部屋が汚いはず無いもの。 
どちらにせよ私は女の子を踏みつけて道を歩く。そのふわふわの金髪を踏みつけて。 
悪魔は今日もやって来て「こんばんは、マーガレット」と言った。 
「私はマーガレットじゃないわ、この前貴方、私をアリスって呼んでいたのに」と私が言うと悪魔は「この前はアリス、今日はマーガレット」と歌うように言った。 
「なら明日はなんなの?」と私が聞くと「明日は金曜日さ」と答えたので私は呆れて物も言えなくなった。 
悪魔は自分勝手で都合の良い事ばかり言っていく。 
嘘だらけで私は吐き気がした。 
例えば私は女の子らしいとか、可愛いとか、髪の毛が素敵とか、目が綺麗とか、愛してるとか。 
いつまでそんな下らない事言うのよと叫んだら拍子に吐いてしまった。 
口の中に大切な人が居なくて良かった。 
見え透いた嘘を束ねて私に差し出した後悪魔は去っていった。 
嘘はすぐに枯れて、ミミズが地面を這うばかり。 
私は憤慨してイライラしながら彼を見下ろした。 
「見てなさいよ、あいつ明日私をマリーゴールドって呼ぶわ! この睫毛を賭けたって良い!」と私が言うと「睫毛なんか要らないよ」と彼が言った。 
私はふうんと頷いて、ミミズを女の子に食わせてから、美容の為よと言いくるめた。 
だって女の子って馬鹿なんだもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

24

皆が私を嫌っているのはようく知っている。 
けれど時々ぼんやりして、色々忘れてしまう。 
私はあんまり人と居ないから、普段は彼とお喋りばかり。 
だから他の人が私をどう見ているか、たまに忘れてしまうの。 
人気者の公爵は私に笑顔で「バイバイ」と言いながら睨む。 
なんて恐ろしい顔だろう。 
私は裸足で逃げ出して泣いたし、羊の群れが追いかけてきて私を食おうとする。 
彼らの瞳は氷で出来ていて、私を見るたび凍えさせようとする。 
私はとてもショックで悲しく思うけれど、それも仕方ないわねと笑った。 
慣れているのは良い事だ。チョコレートだって手の中で溶けるし。 
涙は存外熱くて私は恥ずかしくなる。コインはまた錆びて、誰か女王だと思う人が老婆に変わった。 
メレンゲが気づくと汚れている。あの上に乗っかっているのはなあに? 
私が猫の子を孕んだと言うと彼は本気で嫌そうにした。 
だって私アレルギーなのに、猫なんか孕んだらお腹の中が痒くなるわ。 
気持ち悪い! ああっ、気持ち悪いったら! 
あの子とあの子も私に嫌気が差している。 
私だって私に嫌気ぐらいさすわよ。 
もし良かったら包丁だって刺すのに。 
そう言う事に気づいてしまうと、私はハッとするがもう遅い。 
暗闇の中に女の人が私を突き落として、四方八方から皆が攻めて来る。 
めいめい手に手に武器とって、私の首を裂きに来る。 
やめてよ私、歌いたいのと私は歌った。 
彼らは気にせず私の喉を裂いた。 
余った蜘蛛の糸で縫ったけど、治るまで声がガラガラ。 
蜂の針には毒が残っていたみたいで、私は誰も居なくなった道端で這いずり回ってのたうちながら痙攣していた。 
彼はまた痩せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


25

ああ、でも駄目なの。 
彼女たちは必死になって私にチョコレートを差し出してきた。 
或いは花束で、或いは紅茶で、或いは本で、或いは包丁で。 
だけど私は駄目なのと言う。彼女たちは理解してくれない。 
「だって私は生きているうちの大体を半分ずつで過ごしているの。こことあっちと半分ずつよ。ここだけに居るのは酷く稀だわ。貴女たちとはすむ世界が違うのよ」と私。 
「ここだけに居られるなら、きっと大丈夫よ」と彼女たち。 
ああもう。女ってどうしてこんなに馬鹿なんだろう。 
でも彼女たちは良い人なのだ。ただ、ただ、愚かなだけで。 
だから私はまだ笑う余裕があった。 
「ここだけに居られる時間はちょっとだけ。半分ずつじゃないと駄目だし、あっちだけの方が都合が良い時だってあるわ。だめなの、私はもう駄目。貴女たちとは違うのよ」 
だけど私、出来るなら普通が良かったのよ。 
私がどれだけ訴えても、とうとう彼だけは信じてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

26

どうしよう、蛙がゲラゲラ笑ってる。 
赤頭巾は黒いレースに目移りしたり、シンデレラの趣味は掃除。 
ヤギは全員肉にされて、狼は絶滅した。 
狼を絶滅させた猟師は全員銃で自殺した。 
あっけないものよ、口にくわえて引き金を引くの。 
散らばった脳髄の欠片を集めたら星になった。 
私はベッドに何度も頭をぶつけて、怖がってる。 
「どうしよう、あの子、あの女の子、おっきいのよ。靴擦れしちゃうわ。でもそんなのはどうでも良いの。私のかかとをアキレスが盗みに来るんだわ」と私が嘆くと彼は「馬鹿を言うなよ。さあ、もう寝るんだ」と言った。 
絶対彼は私を不幸に導くつもりなんだ。 
私は知っている。私は知っているんだ。 
暴力の無力さと一緒にカードに一言添えて、お墓に供えるんだから。 
彼はなんて書くつもりなのかしら。RIP? どうせかっこよくて名言ぽくて中身があったりなかったりする短い言葉だ。 
「愛してるわ」と私が言った。 
「それは名案だ」と彼が言った。それから「嘘だがね」と笑った。 
私はナイフを振り上げて何度もベッドを刺した。 
スプリングに当たって酷い音がする。 
後始末はシンデレラにさせたら良いのよ。 
悪魔が来て私を呼んだ。ミランダと呼んだわ。 
私はもう完全にイっちゃってたから、悪魔にナイフと罵声を投げて松明でぶん殴ってやった。 
悪魔に火が引火して世界は明るくなった。 
これが昼の始まり。 
マツの油の臭いが生誕を祝うわ。どうせ安っぽい木馬をくれるから。 
彼は羽ペンを吐き出して尻尾でどこかへ弾いてしまった。 
私は文字を失うかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


27

双子は本屋だった。私はちょっと驚いた。 
「俺が右でこいつが左」 
「俺が左でこいつが右」 
なるほど、本は右側と左側がないと成り立たない。 
流石は本屋さんだわと思いながら双子の本屋を見ていると、双子の本屋は本を呼んだり破ったり書いたり読んだりしていた。 
「俺は正しい事しか言わないさ」と右。 
「そうとも、それが右だ。それにしてもこの本クズだな」と左。 
「燃やせ!」と右が言うと左はけたたましく笑って本を真っ二つに引き裂き、彼の方へ放って寄越した。 
彼は口から火を吹いて本を燃した。 
おかげで私に本は当たらなかったけど、すすが服についたし炎が熱かった。 
「ガリガリの猫は火を噴くの?」 
「ここで溺れる事だってできるさ」 
「どうせ土に還るんでしょう」 
「帰る先は空か海だ」 
そう言えば私は空を飛ぶ方法を知っていたのだった。 
双子の本屋は興味津々で私にその話をせがんだけれど、私が説明しだすと何にも聞いちゃいなかった。 
私は彼が火を噴いたせいで火傷した舌を舐めてやった。 
「猫舌な癖に」と私が言うと、彼は私の舌を噛んできた。甘噛みだから構わない。 
双子の本屋はこの前彼が捨てた羽ペンを放り投げて新しい本が出来たと叫んだ。 
どんな本なのと私が聞くと、猫が少女を孕ませる本と言う。 
私は頭に来てその本を彼に投げた。彼はまた火を噴いて本を燃した。 
双子の本屋はかんかんに怒っていたけれど、私が彼らを蹴りつけてナイフで裂くとビリビリになっていた。 
それでもぎゃあぎゃあ煩い。でもどうしようもないので放っておいた。 
空から小さな蜘蛛の子が降ってきて自殺会議が出来ると言う。 
私はようやくイライラから少しだけ解放されて、蜘蛛の子にお礼を言って彼を抱き上げた。頭の天辺から花の匂いがする。 
彼にキスしてやると、猫の舌はザラザラして痛かった。 
なんだかお腹が痛い。最近ずっとだ。 
「あんたの子供は生みたくないのよ」と私が言うと「おれも君の子供は生みたくないね」と言った。 
私達はこう言うところがそっくりで、たまらなく心地が良い。 
スプーンに彼を乗せてから私は歌った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

28

愛を歌った場合の不都合について石鹸淑女がしっかり教えてくれた。 
石鹸淑女は色々知っている。 
私の知ってることと私の知らないことを知っている。 
私はまた頬が熱くなって、彼の尻尾はぶんぶん揺れる。 
私はたっぷり歌った。色んな歌を気の済むまで。 
石鹸淑女は微笑んでくれた。私はもう、居たたまれない位。 
人気の公爵が来て私に三度握手をしてきた。 
私はびっくりして飛び上がって、とても嬉しかった。 
石鹸淑女にそう言うと、石鹸淑女は首を横に振った。 
「愛も恋も幻が一番美味しいのよ」と石鹸淑女が言った。 
私はそれは分かっていたのだけれど、人気の公爵は私の目を見ようとしていた。それが睨む瞳であれ、私の目を見ようとしてくれていたの。 
良い人だわと私は言った。石鹸淑女はええと言って、でも駄目とも言った。 
分かってるわよ、だって公爵は私の事を嫌いなんだもの。 
私はそれをひしひしと感じている。だけど公爵は良い人だから。 
大変なものよ。 
私は彼に罵りながら愛を伝えた。彼は私にキスしてくれた。 
石鹸淑女は満足げだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


29

ぐらぐらしてふわふわしてギリギリしてぐちゃぐちゃしてばくばくしてがたがたしてなんだか泣きそう。
こう言うとき食べるチョコレートはないし、すがる手は全部夢の中。
傷つけるのばかり得意だから、我慢して耐えるのも得意だけど辛いわよ。
意味なんてないし訳なんかない。
ただ無性に悲しい。
心臓が爆発しそうなくらい悲しい。
だから嫌なのよ、女って。私は女のつもりはないけれど完璧な男でもないわ。
それぞれの悪い部分の寄せ集め。私は槍に刺されてしまうのよ、きっとそして更に馬鹿になるんだわ。
どうしようもう、悲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 


30

今日はドキドキ恋した気分!
だけど私、恋なんてしたことないの。だから多分とかもがついちゃうけれど。
浮かれて焦がれて落ちる前にまた飛んで、私空を飛ぶのは久しぶりよ。
彼はなんだかまどろみながら正気を保とうと必死だけど、構いはしないの。誰が痩せぽちの猫なんて気にすると思う?
彼は痩せたわ。私は泣いた。彼は罵りながら私を殴打したけれど私はシチューだって掬えるのよ。
魔女が邪魔ばかりするし犬は馬鹿になる一方だけど、今ならアリスと呼ばれるのも悪くないわ。私ウサギになれるのを知ってるの。
悪魔がハゲ鷹の様よ。私悪くないわ。

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