どこかのアリスの日記
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私のせいじゃないわ!
皆が自分勝手にしたんじゃない!
私は新しい手に翻弄されてそれどころじゃないのに!
皆で寄って集って私を殺したいんでしょ。でもそんなんじゃ具合が良くないわね。ちっとも利口じゃないわ。
私なら私を殺す時にもっとうまいことやるもの!
ああいやだ、皆みんな、人間も悪魔自分勝手よ。
私がはじめじゃない。私は気後れする質だからいつだってお尻にキスする準備を整えてるんだもの。
ああもう嫌よ。うんざりだわ! 魔女は相変わらずだし巨人は優しい時以外馬鹿なままよ。
色がどんどん溶け出しているのに気付いたのは私だけ。
みんな馬鹿なのよ。最低だわ。
「何を壁に向かって喋ってるんだい?」
パン屋のおじさんが私を見た。
私はみすぼらしくて汚くて醜くて人間の屑だった。
一人だわ。彼がいない。
「おじさん、お尋ねしますけれど、猫をお見かけになりませんでした? 可愛くない猫ですの」と上品に私が言った。
「猫なんか居なかったよ」とパン屋のおじさんが言った。
大問題だわ! あくびも満足に出来ないの!
私は彼が遠くから見ているのを知っていたので散々泣いた。
彼はまた痩せていた
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まだ死ねないまだ死ねないまだ死ねないまだ死ねないまだ死ねないまだ死ねないまだ死ねないまだ死ねないまだ死ねないまだ死ねないまだ死ねないまだ死ねないまだ死ねない。
ほうらね、意味が二つに別れたわ。
私涙が止まらないの。滑稽だわ。
こんな時に悪魔は高いびき。彼は見当たらない。
私ったらまた裸でいるのね。やになるわ。
涙が肌にふれてさみしくなるから風邪をひくの。
最低ね。
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もう駄目みたいだ。
私の家族が居たようだけど、蛇に食い殺されてしまっていたの。
私にはもう彼しか居ないのだけどアレルギーで死んでしまいそうだし。
私は夜に一人で歩かなきゃならない。寒いけど仕方がない。
お家は崩れたのよ。白蟻のしわざって専らの噂だわ。
私は頭がおかしくなるのは嫌だけど蛇を殺すのも嫌で女の子を探してる。
また女の子を痛め付ける日がきた。
三角吸いの予感がする。だけど私嫌いな女をお手本にするしかないのかしら。
誰かと一緒なら楽になるわ。
こんな瓦礫の廃屋は逃げだしてやる。来週によって、或いは私の頭によって。
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害悪、癌、諸悪の根源は私でした。
病気の部分は切除。
そうしたら皆元気になってくれるかしら。
切り取られた病気にはわからない事ね。だってもうそこには居ないんだから!
切り取られた病気は、寒い外に放っておけばいい。
皆は皆、健康になってくれるはずだから。
来週の色々で手術の日程を決めるの。来週末かしら。
彼は何も言わない。
多分私の分の覚悟が被さってるから辛いんだろう。
「心配しないで」と私は言った。「これからは病気同士、二人きりよ。あんたと私っきり」
彼は歯を食いしばって私を見上げた。それから低い声で泣くんじゃないと言った。
彼のなんと痩せて哀れな事か。
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そう決心したら少し楽になった。
どうせ私は後で辛い思いをするのだけど、ましになると言う事が例えば希望になっているとしたら私はもう少し深呼吸をすることが出来る。
何より自分で今まで入ったことの無い所へ行こうと決めたのが良い。
彼は何も言わないけれど、きっとやめろやめろと叫んでいるに違いない。
それ位は私には脳みそがあるので判る。
私は手術の日まで時間があるので町に行った。
町はとても賑やかで楽しい。皆が大騒ぎしている。
私はお腹が痛くてフラフラしていたけれど、やがてどうしようもなくなって病院に行った。
待合室で待っている時間は六十時間だと看護婦が言う。
馬鹿じゃないのと私は叫んだが、皆待っているのだった。
隣の真っ青な顔をした老婆はもう二日待っている。
左端の子供は死んだ。
待合室の中を歩き回っては色んなものにぶつかっているきこりは、後ちょっとで診察してもらえたのに失明した。
私はお腹が痛くて床に這い蹲って震えている。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い遺体になってしまう!
彼が頭を抱えて叫んでいた。
「そら見ろ!」と、彼は絶望的に頭を振り乱す。「だから言ったじゃないか! 悪魔に唆されるから、この大馬鹿!」
私はもう何もよくわからなかった。
意識が朦朧としているけれど、看護婦も医者も順番を守れと言う。
私は頭に来てメスで看護婦を殺し、彼は医者の喉を噛み切った。
こうしてこの町の医者が居なくなった。病院は潰れた。
私は嘆く患者達の間で痛みにもんどりうち、耐え切れず絶叫した。
その途端、私のお腹の中で何かがぼこりと動き、皮膚を盛り上がらせて動きながら凄い勢いで私のお腹を裂いて飛び出してきた。
私のお腹は弾け飛んだ。
だけどさっきの痛みよりずっとましになった。
彼が必死に私の血を舐めて綺麗にしてくれる。
私はまだ残っていた蜘蛛の糸でお腹を縫った。
はじめはあの蜂の針を使おうと思ったが、ここは病院なのを思い出して大量に余っている針を拝借した。
全てが終ると、すっかり痛みは消えうせて私はすっきり。
私のお腹から飛び出た血まみれの何かは、真っ赤でなんだかよく分からなかった。
もしかしたら私の内臓なのかもしれない。でも、あれがなくても今私は健康で元気なのだから、あってもなくてもどっちでも良いものなんだわ。
彼は酷くイライラしながらその真っ赤な物に噛み付き、思い切りぐちゃぐちゃにして壊した。
中からは卵がいくつも転がり出てきた。
患者達は私が医者を殺してしまったのを非難して、とても煩い。
どうしてくれるんだと叫んだ。彼らは自分では治せないのだ。
「だったら死になさいよ。あなた達運命って呼ばれてるんでしょ。どうしようも出来ない事に一々ガタガタ言わないで、不愉快だわ」
私がそう言うと何人かは気違いみたいに叫んで暴れて、ある者は自分で自分の首を絞め、ある者は壁に頭から突っ込み、ある者はそこにあったメスで首を裂いて死んだ。
こうして町の人口が何人か減った。
臭くて汚い病院の中で、私は私のお腹から出てきた卵を拾うと、生きている人達に分け与えた。
「これを食べればきっと良くなるわ」と私は言った。
患者達はぞろぞろ卵を家にもって帰って、めいめい好きなように料理をしてそれを食べた。
こうして彼らは病気知らずになった。
私は町を一つ幸せにした。
自分の為にととっておいた卵を振ると、中で何かが泣いている声がする。
ひよこかしらと思って卵を割ると、中からは真っ赤な血と一緒に綺麗な宝石が出てきた。
私はどちらも気持ち悪かったので捨てて町から出て行った。
彼はとうとう泣きそうな顔を崩さない。
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私が道を歩いていると、私はまたお腹が痛くなった。
石畳の上では色々な人が歩いたり走ったりスキップしたり踊ったり。
邪魔になるのはへっちゃらなので、そのままそこに座り込んだ。
どんどんお腹が痛くなっていく。
また私のお腹は弾け飛んで、内臓か何かを出すのかしら。
彼は私の周りをうろうろ回りながら、ずっと悪態をついていた。
悪魔がどこからかやって来て、真っ青な顔の私に微笑みかける。
「やあキティ、調子はどうだい」と悪魔が言った。
「今まさに死に掛けてるわ」と息も絶え絶えに私。
何故か悪魔は酷く嬉しそうだ。
彼は悪魔に向かって大声で罵りながら、私のお腹からこの前飛び出たものの話をした。
悪魔は上機嫌に笑う。
私は二人が言いあっているのが非常に邪魔で、時々私の耳元を歩く足も邪魔で、叫んだ。
お腹が痛い。お腹の中の何かが下へ降りていく感覚がする。
私は仰向けになってお腹を抱えて痙攣した。
汗をかいて、呼吸がし辛い。
私の中で暴れまわっている何かに殺されてしまうんだ。
私がか細く喘ぐ間にお腹の中の何かは下へ下へと移動して、とうとう私の足の間から勢い良く飛び出して行った。
私は体が裂けたかと思った。スカートの間から吹き出た血が見えたし、私の両足は血でみるみる汚れていった。
私が震えながら起き上がってみると、そこに居たのはブタだった。
ブタは可愛いかんむりを頭にのせて、あっちへこっちへ動き回っている。
私のお腹の中にブタが居たのだ。
悪魔がブタを抱えて嬉しそうに撫でている。
私は絶望に打ちのめされて彼を見やった。
「ねえ、これって私が生んだ事になるの? 私はブタの母親なの?」と私。
「ブタはブタだよお馬鹿さん。ハムは美味しいさ、君は生ハムが好きだろう」
彼がニタアと笑って言うと、悪魔が顔を上げた。
私はそれもそうねと思ってナイフをブタに投げつけて殺してしまった。
悪魔が私たちを罵って、血だらけの上半身に奇声を発する。
彼はゲラゲラ笑っていた。
「お前も汚れるべきなんだ、クソッタレめ!」と彼が大声で言った。
悪魔は喚きながらどこかへ行ってしまった。
私はブタを捌いて生ハムにし、彼と一緒に美味しく食べた。
悪魔なんて何もしてくれないわ。三角吸いだってもう欲しくない。
翼が千切れて頭から落ちれば良いのよ。
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私はお腹を泣きながら必死に殴る。
血は出ない。
恐怖で目をむきながら何度も何度も何度も。
殴りすぎて沢山吐いた。
もう胃液だって出ない。
彼は痩せながら頭を抱えていた。
後は私、包丁でさすべきだと思うの。
人間はそれで死ぬらしわ。
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「周りが壊れる音を聞くんだ。ようく、注意深くだぞ」とおじいさんが言った。
私は別になんとも思っちゃいないふりができるし、破片を踏んだって踊りだしたりしない。
ただ踏むときは歌いながらだ。それが礼儀と言うものだから。それにはつまり呼吸とパイが欠かせない。
彼はにたあと笑いながら私を見ている。
もしかしたら何か間違った事を言ったかもしれないけど、どうだってよかった。
彼の頭にパイをこぼして回ると彼は逃げ惑うし、おじいさんはそれを必死に書き留める。
ガシャンと音がして窓が割れた。
悪魔が割った。
暖かい毛布の世界はこれでおじゃん。
「これだ! これだ!」と叫んでおじいさん。
ガラスの上なんかパイを敷いたって歩くもんですか。
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チーターを薫製に。海亀はスープに。小鳥は風船にくくって、コヨーテはパイにする。
世界のそんな常識が時々に無茶苦茶をしようとするから、王様は小鳥でパイを焼き、コヨーテをスープにした。
不味いと叫んで、王様。当たり前よ、常識ハズレはハズレくじ。
タップダンスを踊るバクを見ながら王様を見ていると、王様は猫なで声でこっち来いと言う。猫を撫でながらね。多分あれはスコティッシュフィールドだ。
私は猫アレルギーだからそちらには行けませんのと丁寧に断った。
王様は憤怒して用意していた三角吸いを彼に向かって投げつけ暴れだす。
床に広がるクランベリージュースは泳ぐにはもってこいだったので王様が来る前に急いで飛び込んだ。
真っ赤な海から飛びだすと、女が一人死んでいた。
私はくすねてきたパイにナイフを刺すと中から小鳥が逃げ出していった。
皮だけのパイなんて鏡の上すら歩けないわ。
けれど彼は飛び出た小鳥をいたぶって楽しそうだった。
これが小鳥のパイの始まり。気違いの仕業。後に小鳥は子供になった。
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私は日記を見てハッとした。前も左の肘が痛かったのだ。
二度あることは三度目の正直。
私が夢中になって日記を読んでいると、彼が近づいてきて嫌味がいっぱいつまった笑い方をした。
「それで、それは誰の日記だ?」と彼は言った。
私の哀れな言葉ちゃんは喉で潰れて死んでしまった。
名前がないから誰のでもなく、誰のでもあるの。
日記をラジオに投げつけたら陳腐で素敵な愛の歌が流れてきた。疑わしいけれど。
私が「怖いのよ」と言うと「おれこそが怖いさ」と彼が言う。
だから全部彼に押し付けてしまうと、彼はパフェ以外も食べろと叫んで気絶した。
ズルい男!