どこかのアリスの日記
41
そろそろ終わりが始まる予感。
いつもと違う、この感じ。平凡で突発的で人為的なもの。
飲み方によって牛乳は味が変わるのだ。私の必要な物が消えていく塩梅で以って、進行する兵士達の表情のよう。
まるでとつく者に限ってまるくないのよ。知ってる。私は馬鹿だけど愚かじゃないのだから。
チョコだ。チョコが欲しい。必要、必須、でなければ溶ける。口の中から、だのに胃だけはかろうじて残る。
私は胃だけになってしまう。そうして転がって、彼に転がされながら生きて、時折爪が掠って痛むのだろう。
胃はどうなるんだろう。胃の胃はどうしてるんだろう。不機嫌になっているかもしれない。面目丸つぶれだから。若干、丸いし。
だけど私は両の腕を振り回して、両の足で蹴り飛ばしながら、唾を吐くことができる。まだ不必要なものだけれど。そのうち、近いうち。
後がない私はシチューを被るしかない。そうすれば美味しいから。
早く作っておかないと。もうそろそろだと思う。そろそろ。
熱く作らないと肌が溶けないから、要注意だ。骨はダシをとるのに必要だから溶けちゃダメ。
簡単な事ばかり。問題と一緒に答えが添えられたショートケーキだ。
私はそれを暖炉にくべて暖を取る足しにする。
私だったら。
昨日のことが夢か現実かは、それこそ昆布とわかめみたいなものよ。
私、どれだけ娼婦の真似すれば気が済むのかしら。血筋って嫌ね。
鎖は錆びちゃってるし、地下室には誰もいないし。
もう女の喘ぎ声には飽きた。そうだ、もうこりごり。
断末魔が滑稽に素敵! 肉切り包丁のワンマンショー!
光るのははらわたじゃなくて舌だ。常識だけど。
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私はただ普通が欲しかっただけ。
ヘンリー坊やの気が狂ったのは名前のせい。
仕方ないのだ、私は今酷い風邪で息も絶え絶え。
普通に暮らせている彼女達を遠ざけて!
惨めで人が殺せるなら、私は数字を飛び越えていける。そして来るべきワニの背中!
笑顔にナイフを立てて墓標。死人に口なし、病人に声なし。
私はただ普通が欲しかっただけ。本当に。
まず両親と犬が居て!
両親がいる子供はぐれてはならない。その幸せの塊に私に私達に失礼。
それから背伸びして足を折る。
恵まれた人々の悩みなんて存在しないの。私の一部だから。
ならそろそろ山場のはずなのに!
気違いにエクスタシーを感じる糞の愚か者は自分を嬉しそうに何度も何度も気違いと言う。
それは本当は気違いではない。
私は本物で自分で自分を気違いと呼ぶ。
それくらいの自覚はあるもの。
私の回りには最終的に死体と糞だらけなのね。
咳してぶっ飛ばすの。
本物さん本物さん、愚か者でない本物さん。どこかにいらっしゃいますか。
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あの目を見たか!
あの声を見たか!
あの言葉を見たか!
全てが私を拒絶する真似をしていたら不愉快な顔をされる筋合いなんてさらさらないの。
世界は玉ねぎなんでしょう?
だったら号泣すれば良いじゃない。
全部終わりよ。世界は飴色。
嫌われる才能は世界一!
近づかないで、ぐにゃぐにゃしてるから。
胃のなかにいるから、吐きたくても呼ばないで。
大嫌いなの。
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魔女の言葉は魔法の言葉。泥の塊。私と蛇を痛めつける。
私はイライラした。とってもとってもよ!
今だってイライラしている。彼も気が立っているみたい。
でも知らないふりをするのだ。猫を被っているから。
自分に電話をして愚痴を言うと、電話の向こうでゲラゲラ笑われた。
私は何も関係ないの。すべて蚊帳の外の話。
なんで私たちが打ちのめされなきゃならないの!
すずらんの根からちょきんと切って、受話器を滅多打ちにしたやった。
彼はちょっぴり楽しそうにニタニタするから、こっちもすずらんで打ちのめしてやった。
「畜生、君の愛は何時だって痛い!」と彼。
「愛なもんですか!」と私。
彼は愚かで頭がかたい。嗚呼、すずらんがぐしゃぐしゃに。
私は座り込んで膝を抱えた。お尻に冷たい土の感触。ショーツが汚れるのはいつものこと。らしくもないスカートなんか履いて天秤の重さを無視するから。
けれどこれが私の性に合っていたし、私は生まれた時からショーツが汚れる運命なのだ。
「私の知ったこっちゃないのよ。私の外の話だから」
「つまりはおれだ」
「馬鹿ね、あんたは私の中に居るわ」
「中にいると疲れるし、熱くて寒くて窮屈で死んでしまうから、大体外に出てるのさ」
「それで石を投げられるんでしょう?」
「おかげで君が傷つかない」
「私だって痛い物は痛いのよ」
「おお、つくづく嫌な女だ!」
ニタニタ笑いの猫は少し元気に見えた。私が最近よく食べるからだろうか。
私はまた豚の母親になるのかしら。或いは、或いは、私が豚になるのかも。
否、もうとっくにみじめで汚らしくて存在価値もない豚以下の存在だったのを忘れていた。私は私。
私が両手で顔を覆って泣き出すと、彼は嬉しそうに喉を鳴らした。
「悪魔の所へ行くわ」と私が言うと「また馬鹿な事を」と彼が急に険しい顔になる。
それで少し楽になった。
「ぶち壊したいの」私が言った。「だったらおれを殺せばいいのに」彼が言った。吐き捨てる様に。実際、吐き捨てながら。限りある言葉を無駄に消費していくのだ。
「あんたは嫌いじゃないわよ。ただ殴ってくれる腕がほしいだけ。蹴ってくれる足と、罵ってくれる舌も欲しい。大きな大きな乱暴な存在に」
彼は私を睨みながら消えてしまった。
「おお、つくづく嫌な女だ!」
ニタニタ笑いはどこへ消えたの?
私は一人でぽつんとしていた。世界の狂気が私を優しく包んでいる。
私は満たされる為に誰かを騙そうとしている。とても怖くて、目が開けられないのだけれど。代わりに彼が見ているから、大体は分かっているのだ。
世界はありきたりな砂糖漬けとピクルスで出来ているのを、知ってるのよ私は。私は、いつだって! いつだって! いつだって!
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私の中の炎が燃え上がって、必要もないのに私の心臓を焼いてる。
彼は殺したくてウズウズしていた。
私も殺したくてウズウズしていた。
だけれどそれは出来ないのだ。
いつか世界が壊れたら真っ先に行こう。
彼と約束しながら泣きわめく日々。
私の世界は壊れない、ブレがない。
永遠を食べる事が出来るのよ、うんと着飾ってね。
チョコを握り潰して喚く私を彼はじっと見てる。
「仕方がないさ」と彼は疲れた笑い方。
知ってるけど納得出来るもんですか。
私は日々無くしているから、今更怖くはない。
ただがらんどうになるだけ。
今更すぎる、元に戻るのよ。
大丈夫、辛いわ。でも自殺しなくてすむと思う。何かは死ぬけれど。
あら、なんだか良い臭い。何か焼けたみたい。肉かしら?
彼はニタアと笑って少し機嫌が良くなった。
さようなら貴女、元に戻るのよ。
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未完成、私、言われたとおりに。
貴方が言ったのよ。
死ぬべき。死ぬべき。群衆をひきつれて跳梁跋扈。例え雨でもよ!
死体役に相応しい死体を見繕うのが得意なのは血筋。
味のする水を口をつけないようにして飲んで。
もしつけたなら、婦人の様に股から避けて死んでしまえ。
猫が気絶しては怒鳴って詰って素敵。
また体重が減って来たの。一日一食だからかしら。
私は安心する。猫は瀕死になる。それは諺なの?
彼を慰めながら何度も殺して、殺して、飽きるまで殺して。
飽きないから永遠に繰り返す。ロボットに任せるべきなのよ。
見たの、私、腕の、鈍色に輝く素敵な腕を!
あれが私の腕についていたなら良い。あの腕が何をしても私には関係ないもの。
時々私に対して有意義で優しい事をしてくれると嬉しいわ。
猫は撫でちゃ駄目よ。調子に乗るから。
どんな惨めな死に様にしてやろ。
死んだら知らせて、知らせないで。
大喜びしてやるから、平穏無事に暮らしてやるから。
彼が死んだ気がしてならない。
そこに居るのに。
「死んで欲しいかい」と嫌な男。
「事実が必要になったら」と素直な私。あれ、女だっけ男だっけ。
彼は私の膝に首を寄せてゴロゴロ鳴く。
「やめてよ、痒くなるから」
「花粉症の所為さ」
目に見える花粉の憎い事!
でもこんなの序ノ口。
殺さないでおいてあげるの。木の赤ちゃん。
ああ、三角吸いが飲みたいと言うと彼は噛みついてきた。
嬉しくて泣きそう。
彼が居なくなったらという感覚と嘘の脳みそに追い立てられて震えてるの。
趣味だから。
ああ、早くあれは死なないかしら。惨めに、むごく、苦しんで!
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そこの壁の血は誰のもの?
トマトなんて言わせないわよ。
匂いでわかるもの!
48
昔々に居たはずなのに、なんだか妙な事になった。
居た人と居なかった人が和になってぐるぐる踊ってる。
私は苦虫を噛み潰してようく味わいながら頭痛に呻いてる。
よくわからない。
記憶のきの字も忘れてた癖に、世界の王様面はしないわ。
私は手紙の上に立って呆然としてる。
踊りと笑い声の余韻が漂ったまま私を取り囲んで、風が回るばかり。
阿呆の話なの?
「君の話さ」と彼。機嫌が良さそうな猫なで声。自分は猫のくせに。
「なんだか久しぶりね」と私が言うと「忘れてたのかい」と彼が笑う。
違う、違うの、純粋に不思議なだけ。
「あんたなんか居なかった気がしたの」
「おれははなから存在してないよ、踊らない阿呆め」
彼に笑われて安心した。
そうか、私が阿呆だったのね。
手紙はしこたま残ったまま、やがて蟻の肥やしになった。
あら、私頭痛まで忘れてた!
無かったことになるおまじないをすること自体が元も子もないのだ。
「このままで?」と私が言うと「このままで」と彼が笑う。
口が裂けるまで笑うと良い。
悪魔は美人のもとへ行ってしまった。手紙も行ってしまえば良いのに。
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彼は壁に向かって何度も突進して頭を打ち付けた。壁にじんわり血の跡が暖かい広がりの真似事をして笑ってる。
「畜生! 畜生!」と彼。あんなに頭を打ち付けて頭蓋骨が割れないのかしら。何故って彼は痩せっぽちで、守ってくれるものなんて何もないから。
「泣いてるの?」と私が聞くと「鏡を見ろ!」と彼。「そして割れ!」と叫ぶ。
私は壁に突進する猫を暫く見た後、可哀想な蛇の鱗を丁寧に磨いた。鱗が硬かったから私の手は傷だらけ。それは誇らしく見せ付けるみたいに両親を呪うジュースだから、私は笑顔で言ってやれる。
「死んでやる! 死んでやる! 死んでやる! ああ絶対だとも、絶対だ! 茶番はもううんざりだ、おれは飲んでやるんだから!」
可哀想な子供が要ると誰もが言う。壁に広がる血を見ながら、そっと彼を抱き上げた。
「ねえ、私は死にたくないわよ。覚悟があるだけ」「おれは死にたいよ。覚悟がないだけ」私は笑う。口の端を吊り上げで、唇に亀裂を生ませながら。だって私は子供生む気がないのだし。
「あんただけなら良かったのに」と私が言うと「全く同感だ」と彼。
血だらけの頭を撫でたら額がぱっくり割れて血がでた。
世界が赤い。時と同時色も失ったの。時なんてないのに!
50
親に捨てられた子はどこへ行くのと私が聞くとキャベツは怒って喚き出す。
五月蝿い五月蝿い凄い軍団。私は回鍋肉にして食ってやった。
そうしたらお腹が膨れあがったから、慌ててしこたま吐いた。腹をたくさん殴りながら。
吐き出した小さな赤ちゃんが泣きわめいてる。私はお腹がすごく痛くてしようがないから、赤ちゃんを少しずつ千切って食べた。口からでるのは違うって五月蝿いから。
なら生まなきゃ良いと私は思うの!
痛めつけるために生むのなら私一人にして。
キャベツは虫に食われたから赤ちゃんも欠陥品。人生はだって親で決まるのよ。
捨てるなら生むな。