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クリスマスおめでとう! 1

 

 

12/20

 

 


「わあ、いけない!」
「うわっ。大きな声出すなよ」
「そんな事言ったって、ねえ、大事件だよ!」
「何さ。せっかく万節祭も終わってゆっくりしてたってのに!」
「馬鹿言うない。僕たちは誰だと思ってるんだ!」
「妖精に決まってるだろう!」
「じゃあ、どうして今の状況でゆっくりできるんだ!」
「だから、もう祝日も終わったし、何の準備もする必要も……」
「ああ、全く! 君ったら妖精失格だ!」
「あ、判ったぞ! さてはクリスマスだな」
「そうとも。後二月もないんだ!」
「あせる事はないじゃないか。毎年十二月に入ってから準備してるのに」
「ああ! 君、君って奴は!」
「何だってんだ、悲観的な奴だな」
「何の情報も知らないのか?」
「知ってるさ。トナカイ達がハシカにかかって療養中なんだろう。何時もの事さ。毎年、医療部の奴らが予防注射を忘れるんだから」
「そう、それとソリが古くなって新しいのに取り替えたから、テスト飛行しなくちゃならない」
「あ、それも知ってるぞ」
「どうしてそこまで知ってて、一番重要な事を知ってないんだ!」
「何がさ。だって元々、僕らはクリスマス部じゃないから、情報が入ってこなくたって不思議じゃないよ」
「そうだね、でも僕には入ってきてる。いつも君と一緒に居るのに、僕だけ聞くなんておかしなことはないぞ」
「……僕、ぼうっとしてたのかな」
「その通り! それにこれはホリデーファクトリーのどの部にもぜーんぶ伝達してある前代未聞の大事件なんだ!」
「もったいぶった奴! それならサンタクロースに相談すれば良いじゃないか」
「そのサンタクロースが死んじゃったんだよ!」

 

「……え?」

 


「あのサンタクロースが死んじゃった! クリスマスは一体どうなってしまうのか。それは次回のお楽しみ」

 フランクの台詞に、子供たちは一斉に盛大なブーイングをした。困ったように笑うギルバートとは対照的に、フランクはとても嬉しそうに笑う。パンパンと手を叩いて、目の前に座っている子供たちを静かにさせた。

「人形劇の続きはまた来週! 俺達だって暇じゃないんだ」
「そうとも! 何てったってクリスマスが近いんだからな。お前らも一人前の妖精になりたきゃ、しっかり勉強する事!」

 酷く残念そうなため息が一斉に聞こえる。二人はそんな子供たちの様子に顔を見合わせて笑うと、手にはめていた人形を片付け始めた。

 子供達に人形劇を見せ終えた二人は、この小学校の教師ではない。このフェアリーランドで一、二を争う大仕事を担う、ホリーデーファクトリーに勤めていた。

 ギルバートはちょっと鼻の高い青年で、茶色のクセっ毛が特徴。フランクはギルバートと同い年ながら少し童顔で、金色のくるくる巻き毛が特徴だった。ホリデーファクトリーのいくつもある部の内、二人は『何でも部』に所属していた。

 色々ある祝日の準備期間中、人手が必要になったら出動。……つまりは、いつもである。次から次へとやってくる全ての祝日の準備を手伝う『何でも部』は、役立たずの溜まり場、とも、本当に力のある者の部署、とも言われていた。

 しかし、そんなオールマイティに仕事をこなす『何でも部』でも、小学校で人形劇を見せるなんて仕事は請け負っていない。という事は、二人がこの小学校へ子供達に人形劇を見せに来るのは、何かしらの理由があるのだ。

「ほら皆、フランクとギルバートにありがとうは?」

 教室の後ろで全員を見守っていた彼女こそが、その理由だった。

 エイミーは二人より三つ下で、この学校で教師をしていた。正確に言えば理由というのはフランク一人の理由で、ギルバートは親友の彼についてきているだけである。つまりは、彼女を見るフランクの瞳を見れば、誰でもわかってしまう事だ。

 

「何時も悪いわね。工場の方は、忙しくないの?」
「え、工場? ああ、うん、ちっとも忙しくないよ! それにこっちに来る方が楽しいしね。君に会うのが楽しいんじゃなくて、子供たちが可愛くって! そりゃ、君も可愛いけど……ああ、いや……」

 親友の失態に、ギルバートは頭を抱えて苦笑する。いつもこの調子では、頭も抱えたくなるというものだ。

「そろそろクリスマスが近くて、クリスマス部につきっきりなんだ。医療部の奴またトナカイをハシカにしやがってね」

 見かねたギルバートが助け舟を出すとフランクも慌ててそれに頷く。エイミーは笑って、それは大変ねと相槌を打った。

 子供たちが机の横にかかっていた鞄を抱えて、ぞろぞろと教室から飛び出していく。バイバイ、さようなら、また明日、また人形劇を見せてね、続きが楽しみ、フランクとギルバートの馬鹿……。

「誰だフランクとギルバートの馬鹿ってどさくさに言った奴!」

 同時に怒声を張り上げる二人に、きゃあと笑い声をあげて走っていく子供たち。ため息と同時に、全く、としかめっ面をしてみせたが、フランクだけは慌てて笑顔に戻った。

「それで、続きはどうなるの? 話はフランクが書いてるのよね、楽しみだわ。サンタが死んじゃったなんて!」

 エイミーの瞳をみて、フランクはぎくりと身を揺らした。

「ああ、うん。そりゃあもう! ……凄い、結末だよ……うんと驚くと思う」
「本当に? 来週を楽しみにしてるわね!」

 子供のようなエイミーの笑顔に、フランクはこくりと頷いてしまう。ギルバートに小突かれて、フランクはようやくエイミーに手を振った。教室を出て、校舎を出て、自分たちの古い黄色い車に乗り込む。

「凄い結末だって?」

 運転席に座って、シートベルトを締めながらギルバートが言った。

「何にも考えてないくせに」
「うるさいな、帰ったら考えるんだよ!」

 そう、脚本担当のフランクは、重要な結末をなにも考えていなかったのだ。しかし焦燥感でいっぱいの彼の心も、振り返って教室から自分たちを見送っているエイミーを見やれば、最高に幸せになった。呆けた顔で振り返っているフランクに、ギルバートはしかめ面になる。

「エイミーの前だけかっこつけやがって! そのクセデートに誘う度胸もないんだから、呆れちまうぜ」
「急ぎたくないんだよ。物語と一緒、上手い事結末に持っていかなきゃ、話は台無しになる」
「だけどな、クリスマスはもうすぐだぜ。勿論デートに誘うんだろう。早く誘わないと、俺達はクリスマスの準備で工場に缶詰になるぞ」
「ああ、クリスマス、デート、結末……!」

 頭を抱えるフランクを乗せたまま、車は大きな大きな工場へと入り込んだ。ここが二人の働くホリデーファクトリーである。広い駐車場の一角に車を止めて、まだ何やらぶつぶつ言っているフランクを引っ張るギルバート。

 工場に入り受付のアイダに挨拶をすると、くねくねと複雑に絡み合う廊下を歩く。工場の中は既にクリスマス一色で、クリスマス部とその手伝いの人々が大慌てだった。

「畜生、イースター部の奴らめ! イースターの時は泣きついてきたのに、クリスマスには手を貸さないなんて!」
「ようケビン、ホリデーファクトリーの救世主がただ今ご到着ー」

 ギルバートに肩を叩かれて、ケビンは心底助かったという顔をした。ケビンは『監査部』の妖精だ。全ての祝日の準備が滞りなく行われているか、チェックして回る重要な部である。一抱えはある紙の束を抱えなおすと、懇願するように声を上げた。

「全くの厄日だ! イースター部の奴ら俺が直々に頼みに行ってるのに、全く手を貸そうとしない! 今ようやくインディペンデンスデイ部を引っ張り出したところだ、あのクソ忌々しい、卵野郎……!」
「妖精がクソなんて言うもんじゃないぞ」
「おっと失礼」

 フランクに言われて、ケビンは慌てて口を閉じる。しかしフランクもケビンも本気でケビンを責めている訳ではない。妖精だって嫌な時はあるし、この大忙しの時期に手を貸してくれない奴らには、腹も立つ。

 ケビンに連れられ、二人は色々な人と物でぎゅうぎゅうづめの廊下を歩いた。途中、冷やかすようにバレンタイン部の人々が通り過ぎる。イースター部だけでなく、他の部の手伝いに来てくれる人はあまり居ないのだ。

「がんばれよクリスマス!」
「フランクとギルバートがいるなら平気だよな」
「なんたって『何でも部』の名コンビだ」
「オー、『何でも部』! 麗しの役立たず!」

 ゲラゲラ笑われては、流石に我慢は出来ない。二人はバレンタイン部の四人をにらみつけると、同時に大声を張り上げた。

「妖精なんか信じない!」

 うっと低いうめき声を上げて、四人がばったりとその場に倒れる。きゃあと悲鳴があがって、人が集まってきた。

「おい、医療部を呼べ! 皆、手を叩かないと」

 パチパチと一斉に手を叩き始める人々。二人とケビンはそんな様子に満足げに笑うと、再び歩き出した。

 工場の一番中央がクリスマス部だった。祝日の中で、新年と同じくらいの大イベントだからだ。その分当てられた広い作業場は、二人の車が五百台は軽く入ってしまうほど。作業場に行く前に部室に入り、忙しなく働くクリスマス部の人々に挨拶をした。

「アルフレド、その企画書こっちに回して!」
「去年の書類が混ざってるぞ、誰だよ忙しいのに!」
「二人とも、ベティのオフィスに行くぞ!」
「え、何だって?」
「ベティのオフィス!」
「聞こえないよ、テディ? ぬいぐるみがどうした」
「ちょっと、トナカイはいつ回復するの!」

 あんまり色んな叫び声が飛び交ってまともな話が出来やしない。空中にばさっと吹っ飛んだ紙の束を眺めていた二人は、ケビンに腕をつかまれると隣の部屋に引きずられた。

「ベティ、フランクとギルバートが来たぞ。昨日の仕事の続きかい?」

 ベティと呼ばれた女性は丸々としていて、とても優しそうな顔立ちをした人だった。彼女こそが、このクリスマス部の部長で、最高責任者である。ベティは眼鏡をはずして三人を見やると、たっぷりの黒い巻き毛を揺らして立ち上がった。

「良かった、なんてったって人手がないのよ! 二人ともすぐ仕事について頂戴。昨日は何の仕事をした?」
「プレゼントを入れる袋を繕ってた」
「ああ、なら今日は良いわ。それよりサンタクロースを呼んできて頂戴、そろそろ打ち合わせをしないとならないから」

 オフィスの扉を閉めただけで、見違えるほど会話はスムーズになる。二人は思ってもみない役に、目を丸くして頷いた。

 手伝いというのは、大体地味で大変な事をやるばかりだ。それがサンタクロースを呼んで来るというのは、信頼されている証拠である。嬉しそうに顔を見合わせる二人に、机の上の紙から地図を一枚手渡すベティ。

「さ、行って来て頂戴! ついでに、トナカイの小屋に行っていつごろトナカイが元気になるか聞いてきて」
「お安い御用! 行こうぜフランク」
「また後でね」

 意気揚々と二人は部室から出て行く。この廊下を右にそれてまっすぐ行くと作業場に出るのだが、廊下の奥からは先ほどにもましてやかましい音が聞こえてきていた。

 他愛のないおしゃべりをしながら、渡された地図に従ってサンタクロースの部屋へと歩いていった。各祝日の核となる物は、普段は自分の家で暮らしている。しかし自分の祝日が近づくと、工場に用意された部屋で生活をするようになる。

 サンタクロースは、南にある一番隅の部屋だった。あまり人間には知られていない話なのだが、サンタはとても寒がりである。クリスマスが近づくまでは、南の島でのバカンスがいつもパターンだし、あのサンタの衣装はとても暖かい。

 イメージを壊さないためにソリに乗っているが、近頃では年のせいか夜風も寒いという。噂では、近々ソリのむき出しになっている面を全て覆って、中に暖房を取り付けたいとまで言っているらしい。

 しかしそれではトナカイに引かれるよく判らない卵みたいなものに乗ったサンタ、になってしまうので、二人は勿論大多数の者は噂だと思っていた。

 騒がしい工場の中をくねくねとひたすら歩き、大分喧騒も遠のくとサンタの部屋が見えてきた。クリスマスの可愛らしいリースがかけられた、ツリーの形をした扉をノックしてからガチャリとあける。

「ハロー、サンタ!」
「打ち合わせだぜ、さっさと起きろー!」

 色とりどりの飾り付けが溢れた部屋の中は、ひっそりとしていた。暖炉には暖かな火が轟々と燃えていたし、キラキラ輝くクリスマスの飾りには目を奪われる。しかし、二人の陽気な声に帰ってくる声は一つも無かった。

「サンタ? おうい、サンタクロース。白髭のおじいさんー」

 顔を見合わせた二人は、不思議そうに部屋の中へと入っていく。広めの室内、陽光を多く取り入れるための大きな窓からさんさんと降り注ぐ西日。今の今まで誰かが居たような部屋の中には、虫一匹すら居なかった。

 予想外の出来事に、二人は小首をかしげる。どこかに出かけているのか、トイレかもしれない・・・。一応ノックをしてから、フランクはサンタの寝室の扉を開けた。

 同じく大きな窓から入り込む西日と暖炉の炎で明るい部屋の中には、不自然に膨らんだベッドがあった。にやり、二人は意地の悪い笑みを浮かべる。

「なあんだ、寝てるのか。いい気なもんだぜ!」
「ちょっとばかし、脅かしてやろうか」

 聞くまでも無く、二人の意見は同じである。忍び笑いをしながら、ゆっくりベッドに近づく。気づかれないように布団の端に手をかけると、二人は目配せをして一気に布団を剥ぎ取った。

「メリークリスマス!」
「何時まで寝てるんだ、今日は25日だぞ!」

 ごろん。

 ふとんから転がるように姿を現したのは、紛れも無くサンタクロースだった。おなじみの赤いサンタスーツ、帽子はしていないがたっぷりの白い口ひげ、ぽっこり太ったお腹。

 ぱっちり開いたコガネムシのようなブルーの瞳が、二人を眺めた。

 まばたきもしないで。
 
「…………………え……?」

 異変に気づいたのは、五秒経ってからだ。動かない体、まばたきのしない瞳、呼吸が無い口元。肌はいつもの健康的な肌色からはほど遠い白で、唇は妙に紫がかっている。

 こんなに暖かい部屋に居るのに、二人は猛吹雪の北極に裸で放り出されたよりも寒くなった。

「……サ、サンタ? ねぇ、サンタってば。ふざけてるんでしょう?」

 乾いた笑いを無理やり浮かべて、フランクが恐る恐るサンタの身体をつつく。サンタの身体はつつかれた分だけ僅かに揺れたが、それっきりだった。

 初めて体験する沈黙を、二人は嫌というほど味わっていた。真っ白なような、真っ黒なような、とても熱いような、とても寒いような。何も考えられない状態の口から零れたのは、ギルバートの擦れた声。

「……死んでる」
「見れば判るさ」

 油の差し忘れた機械のようにぎこちない動作で、二人は視線を合わせる。そして再び目の前に横たわる動かないサンタクロースを見下ろした。

 

「ああああああああーっ!」

 

 ひっくりかえった声で大絶叫。

 転がるように部屋から飛び出ると、めちゃくちゃに走り回ってなんとかクリスマス部の部室にたどり着いた。ひいひい喘ぎながらベティのオフィスになだれ込む。今まで話し合っていたベティとケビンは目を丸くして二人を見つめた。

「どうしたんだ、真っ青な顔して!」
「あ、あ、あ、さ、さん……!」
「し、しん、しぬ、んだ……!」

 息も絶え絶えな二人がなんとか搾り出す言葉を聞いても、二人は小首をかしげるばかり。思い切り息を吸い込み、つばを飲み込むと、ようやく二人は叫んだ。

「サンタが死んだ!」

 ひたりと、その場の空気が止まった。今の今まで蜂の巣を突いたような騒ぎだった隣の部室も、今では水を打ったようにしんとしている。ややあって、ベティと顔を見合わせた後にケビンが顔をしかめた。

「何?」
「サンタの部屋! ベッドで死んでる!」
「真っ白な顔、動かない! まばたきもしないんだ!」
「目がかっと開いてて、息してない!」
「暖かくない!」
「死んじゃったんだよ!」

 息つく間もなく二人は交互に叫び、ケビンに詰め寄る。ほんの少し開いたオフィスの扉から、今やいくつもの瞳が此方を覗いていた。再びケビンとベティが見つめあい、すぐに声を上げて笑う。

「冗談言うな、サンタが死ぬわけないだろう!」
「来い!」

 ギルバートがケビンの腕を引っつかみ、凄い勢いでオフィスから飛び出す。その後をフランクが追い、しばしその場に静寂が戻る。七分きっかりに三人が戻ってきたとき、三人とも真っ青な顔で震えていた。

「ああ、ああ、そんな……」

 擦れたケビンの声を聞いて、ベティは勿論聞き耳を立てていた人々全員が意気を呑む。全員信じられないという顔をしていたが、普段嘘をつかないケビンが言うのだから、冗談だと思えるわけでもないようだ。一斉に人々オフィスになだれ込んできた。

「こんな馬鹿な話があるなんて!」
「今年のクリスマスはどうするんですか部長!」
「サンタ抜きのクリスマスだって!」
「絶望だ、破滅だ、世界の終わりだ!」

 仕事中よりも喧しく、人々が一気にまくし立てる。つめよられるベティもまだ混乱しているようだが、しばらく黙り込んだ後声を上げた。

「お黙んなさい! ……クリスマスを中止するわけにはいきません。この事は、内密に。来年からは新しいサンタを探すとして、今年は時間が無いわ。サンタの代わりを……」

 ベティはキョロキョロと全員を見回した。しかし、誰もがあのサンタクロースの代わりなど自分ができるはずが無いと思い、下や横を向いてしまった。嫌な沈黙を打ち破ったのは、少し擦れた声。

「俺がやります!」
「フランク!」

 さっと視線が集まるのと、ギルバートが素っ頓狂な声を上げたのはほぼ同時。しかし、フランクが見たこともない真剣な目をしていたので、誰も茶化す人は居なかった。

「その、サンタ試験のために少し勉強した事があって……此処にいる誰よりわかると思う。そりゃあ、クリスマス部じゃないけど、何でも部だって意地があるんだ」

 しんとした部屋の中に、ほうっと感嘆のため息が満ちた。がしがしと髪の毛をかきむしると、ギルバートが一歩前に進み出る。

「なら俺だって。こいつだけにゃ任せられないからな」
「ああ、貴方たち! とても素晴らしいわ・・・有難う、有難う。私たちも協力するわ。ほうら皆、今年は例年の倍は忙しくなるわよ!」

 わっと二人を褒め称える拍手が広がる。はにかんだ笑顔で二人は全員を見渡し、それからお互いに目配せをして笑った。

 それから、クリスマス部の何人かとケビンでサンタの部屋に行き『入らないで下さい、サンタより』の看板を下げて、さも誰か居るような偽装工作。

 サンタのみならず、妖精の死体は時間がたつと陽光となってふわりと消えてしまう。後はそしらぬ顔で例年通りクリスマスの準備をし続けた。

 ベティと二人で入念な話し合いをしてから、被服室をクリスマス部で占領して、サンタスーツを作る。

「クリスマスが終わったら、この事をフェアリーランド中に公表しなければ。でも、今は駄目。パニックが起きてしまうわ」
「そうとも。サンタが死んだなんて一度だって無いんだ。サンタの交代はあるけれど……今年さえ乗り切れば、ヴァレンタイン前には新しいサンタが決まるさ」
「知らないふりよ。サンタは生きてるふりよ」
「君たちはあくまで何でも部のフランクとギルバートだ。プレゼントの配達に出発する、その瞬間までは」

 体中を採寸されながら、耳にタコが出来るくらいベティとケビンが繰り返す。二人はこくこく頷いて、首にきゅうきゅうに巻きつけられた巻尺に真っ青になっていた。

 採寸が終わり、小妖精が目にも留まらぬ速さで布を切り始めるのを確認してから被服室を出ると、既に外は夕方だった。工場は五時で終わりが常である。

 最後の最後まで手伝ってくれたインディペンデンスデイ部の人々を見送ってから、クリスマス部はさらに残業。プレゼントの作成、お菓子の味見、プレゼント配布ルートの確認、トナカイの看病……。何故か監査部のケビンまで引き連れて、上を下への大騒ぎ。

 一段落ついていないものの、辺りが真っ暗な七時になれば、そろそろ皆帰宅しなければならない。げっそりした顔で、クリスマス部が工場から出ると、それを見計らうかのように工場の電気がおちた。


 12月20日の夜、酷く冷え込む夜風。

 みんな車に乗り込んでさよならを言うと、我先にと帰路を急いだ。フランクとギルバートが住むのは、工場に近い住宅街だ。もう街はすっかりクリスマスムードで、どの家もこれでもかと言うほどの外装がされている。二人の家も例外ではなく、家の前のクリスマスツリーとピカピカ光るライトが町並みに花をそえていた。

「明日は良い子悪い子リストの編集だ」

 キッチンで米をとぎながら、フランクが言う。ギルバートはOKと頷きながら、冷蔵庫から昨日のシチューを取り出した。お米をたいて、ちょっと下品なゴールデンタイムのお笑い番組を見る。

 夕食をもそもそ食べ終わると、交互にシャワーを浴びてさっさと寝室へ引っ込んだ。気も身体も疲れた一日だった。

 二人の頭の中は『サンタクロース』という存在でいっぱい。どれ程サンタクロースという人物が偉大かを思い返していた。

「なあ、覚えてるか。俺たちが工場に勤め始めた頃、初めてのクリスマスでサンタと仕事したときの事」
「覚えてるよ。あんなおじいさんの何処に、世界中にプレゼントを配る力があるのか不思議だったなあ」
「でも毎年やっちゃうんだよなあ」
「俺が小さい頃貰った奴で一番印象的だったのは、すごく欲しかった本だ。絶版だったんだよ」
「フランク、お前は夢のない子供だったんだな。俺なんかすごいぞ、現金貰った」
「……君も人の事言えないな、ギルバート」

 そう言って二人はクスクスと笑う。しかし笑いが消えると、どうしようもなくわびしい気持ちになった。

 死んだのだ。小さい頃、あんなに大好きだったサンタクロースが、死んだのだ。

 ずっと鼻をすする音が同時に聞こえて、二人は苦笑した。大声で泣くまいと声を殺して、涙が止まるまで泣いた。

 

 死んだのだ。

 何時しか二人は泣きつかれて眠り、ゆっくりと月が沈んでいった。


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